藤本由紀夫講演会ふたたび(国立国際美術館)

 この夏ずっと追いかけてる藤本さんの講演会に行ってきました。
 1ヶ月前は旅行を予定していた週末だったのだけど、藤本さんが前回の講演会の終わりに、「ビートルズは有名すぎて過小評価されている。次回はそれについて語りたい。」と、熱っぽく予告されていたのに気圧されて、あわてて旅行会社に日程変更の TELを入れたのでした。
 なぜビートルズなのかというと、今回の藤本さんの作品《+/−》で使われているCDプレイヤーで流されているから。そしてなぜCDプレイヤーが213台かというと、ビートルズがシングルで発売した曲数であり、同時にその全曲がかかっている状態が作品になっているからなのです。

 ビートルズは1960年から70年が活動期間。まさに60年代を駆け抜けたアーティストといえる。しかしライヴ活動を休止して、録音スタジオに籠って制作を続けていた60年代後半のことはよく知られていない。
 マスコミ戦略を練りアイドル的に売り出した初期の頃から成長した彼らは、深みのある音楽制作に目覚め、ライヴの音に限界を感じるようになり、技術的な制約の少ないスタジオに音楽活動の場を移していく。(「これからはレコードがステージだ(P・マッカートニー)」)そしてその頃にモノラルからステレオへの移行時期が重なり、積極的にその新しい方式で実験的な試みが行われた。

 ここでモノラルとステレオの聴き比べが行われました。会場の音響を担当調整されているのは前回に引き続きBOSEの方。(ちなみに作品のCDプレイヤーを提供しているのもBOSEさんだそうです)その場に居たほとんどの方が、ステレオで音楽を聴くのが日常となっていたと思うのですが、改めてこのふたつの違いに驚き。音質にそれほど違いはなくても、モノラルがひとつの固まりになってるのに比べて、ステレオには空間があらわれてくる…って、今更なにをという気付きなんですが、私にはこれがとても新鮮に感じられました。
 他にもいくつか「ビートルズ・アンソロジー」のDVDなどを引用して、ビートルズアヴァンギャルドな側面を例に挙げられていたのですが、そのあたりは長くなるので割愛したいと思います。
 あ、でもこのことは書いとかなくちゃ。世界のポピュラー音楽の金字塔のアルバムとも評価されている『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の1曲、『A Day In the Life』でジョンとポールの曲をつなぐのにオーケストラが使われています。Wikipediaを引用すると“これはジョンの「ゼロから始めて、世界の終わりのような音を出したい」という希望を、ジョージ・マーティンが41名のオーケストラを使い、それぞれの楽器の出せるいちばん低い音からいちばん高い音までを段階的に鳴らすということで実現をさせたようだ。”ということだけれど、これって藤本さんの《+/−》と通じる点。
 つまり《+/−》は『A Day In the Life』へのオマージュだそうなんです。

『A Day In the Life』



 あと「マジカル・ミステリー・ツアー」の映像などを流されながら、音楽分野以外での影響も言及されていたのですが、そこで一言。

音楽の才能は要らないけど、音楽的な才能を持ちたい

納得と同時に重みのある言葉でした。
 まとめの言葉として、藤本さんはビートルズへの興味から今回の《+/−》を実現できたように、小さい頃から好奇心を持ち続けてきてよかったと。これからは若い人が表現できる環境をつくっていきたいと話されました。でももっとみんな自由になっていいはずなのに、なぜみんな狭く狭くなっていくんだろう、まわりを見ずにどんどんいろいろやってもいいんじゃないか、とも。
 最後の質疑応答のところで、どうして《+/−》はあの音量に設定されたのか、と質問された方がいらっしゃいました。それは他会場への配慮から決定されたそうなのだけれど、そこで藤本さんと質問者の方、そして会場全体が“もっと大音量であの轟音が聴いてみたい”という雰囲気になって(それはとても非現実的な話なのだけれど)、みんなで夢見ているような気持ちになったそのささやかな時間が素敵でした。


 私は古典みたいな感覚で接してきたビートルズでしたが、藤本さんの1時間半の講義だけでも全然捉え方が違ってしまいました。強い衝撃を受けてふらふらとして、そこでふと思い出したのがクラムボンのアルバム「てん、」。ずっとiPodに放り込まれぱなしだったんだ。
 この2枚組のアルバムはそれぞれ1枚に同じ12曲が入っていて、モノラルVer.とステレオVer.になっている。帰途につきつつ、最後の曲の『itqou』 を聴き比べ。どうしてこんなに違うんだろう。どうして今までこんな他愛ないことを気付けないでいたんだろう。さらにくらくらとなりながら、スクロールとクリックの繰り返しを続けたのでした。

「てん、」

「てん、」


文中にもアルバムにも関係ないけれど、一番好きなクラムボンの曲を見付けたので。

『 Folklore』